自分の人生に問いかける

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仕事をしていると辛いことややりたくないことが誰でもあると思う。「こんな辛いこと何故やらなくてはならないのか?」「これに一体何の意味があるのだろうか?」私の場合は余りない方だと思うが、それでも過去を振り返ればそんなことに悩んだことがよくあったことを記憶している。恐らくこの悩みを持つ方はブログ読者の中でも多いのではなかろうか?

そんな時に「何故、その仕事をやるのか?」

この問いかけに皆さんは答えがあるだろうか?もしパッと出ない方は自分の人生を一度振り返って問いかけてみるべきだと思う。

「金の為か?」「名誉のためか?」「他に仕事がないからか?」よくありがちな答えのパターンを並べてみたがいずれでもないと私は思っている。

金や名誉等は勿論重要なファクトではあるが、必要条件であっても十分条件では決してない。「年収1000万円を目指したい」「役員に上りつめたい」等は明確に定量化されているという意味ではよい目標だとはいえるが、それを目標にした時、そしてそれを達成してしまうとどこかで虚しさを感じるケースが少なからずあると思う。「1000万円が達成したら次は2000万円を目指す」こういった金が全ての価値観の主軸になっている人もたまにはいるが、ここではそういったタイプは話から外れてもらうこととする。

私の場合は常日頃から考えている明確な答えがある。

「生きる力をつけること」である。

人生には山もあるし、谷も当然あると言える。(私もこの歳にして言うのも請謁ではあるが少なからず経験した一人だと言える。)自分の人生がいかなる状態になっても「生き抜ける力=生命力」、これを私は常日頃から養うことで、自分の人生の目的設定をするようにしている。だから「辛いこと」でも「やりたくないこと」でも全てがこの力を養う為の教材であると考えている。自分の人生において、意味のないことなんて絶対にない。(当の私も新入社員の頃はよく思いがちであったが、今となってやっとその意味が理解できていると思っている。)全ての行動や出来事は必ず将来に向けて一本の線に繋がっているものだし、そうすべきものだとも思う。

この思考回路があるが故に、私が人に対して、もっとも刺激を受けるのは「生きる力」を身に付けてる人、身につけようとしている人と出会った時である。決して「金」や「名誉」を持った人ではない。私の身の回りにはそういった方で「生きる力」を身につけた方もいれば、倒産した方、年金生活を送っておられる親しい老人の方、近所の粋な野菜を屋台売りするおじさんなどのパターンでも「生きる力」を持っておられる方もいる。だから人は地位や見た目で判断してはいけない。全てが取っ払われたときの裸一貫の姿で見極めるべきだと思う。

ブログ読者の皆様(特にバズーメンバー)には「何の為にそれをやるのか?」の目的をしっかり見出して、自分なりの答えを持ってほしいと思っている。

「生きる力」を持つ人は「活きる力」も持っている。(決して、ダジャレではないので、あしからず・・・。)

自分の人生を生きるにあたって、自分の路をどう結び付けていくのか?それを担うのは自分しかいない。だからこそ大半の時間を使う仕事においては全てを意味あるものだと捉えて目的をもって取り組むべきだと私は思う。全てを一つの目的に基づき、仕事とプライベートという舞台があるわけで、その中での対価を享受すればいいし、そのような考え方を持った仲間が増えればいい会社・いい社会が作れる、それが私の経営哲学である。


代表取締役 森下洋次郎

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