バズーヒストリー Episode1 生い立ち

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最近は当社に関わった元社員、役員、関係者の方々とお会いさせて頂く機会が多く、
その際には当然ながら今までのバズーの歩んできた道を振り返ったりと話が弾む。
大抵は「あの時は大変だったね」的な話が多いが、ここではベンチャー企業らしい
よくある話という括りでまとめておこう。

バズーでは来月よりいよいよ5期目を迎える。まだまだ浅い経歴ではあるが、
私にとってそしてメンバーにとっても少なからず感慨の残る期間であったことは間違いない。

当社HPには沿革を掲載させて頂いているが、これらは事実掲載のみに
留まっており、決してその時の実態に触れられている訳ではない。
掲載している事実以外にもたくさんのドラマがあり、良いこともそうでないことも
あったが、それらの経験全てが今のバズーに繋がっていると言ってよいと思っている。

この流れを受けて、今回は原点に振り返り、バズーとしての歩んできた
ヒストリーをこのブログにて5回に分けて掲載してみたいと思う。

「森下は小説家にでもなろうとしているのか?」という質問が聞こえてきそうだが
決してそうではない。文章を書くことは好きであるが、あくまで私のレベルでは
文章に落とすことで自分の考えを整理しているに過ぎない。自分で書くよりは
カンブリア宮殿のように、村上龍さんのような賢人に自分のことを書かれてみたいと
いう淡い夢はあるものの、あくまで自分の整理の為である。余談になったがそろそろ本題。

第一回目は「生い立ち」である。


~Episode1 生い立ち~


バズーは2006年9月に港区虎ノ門(最寄りは神谷町)にて産声を上げた。

直前の私はとあるベンチャー企業にて3年間勤務しており、雇われ役員として
3年間の職務に就いていた。当時の社長との方向性の違いから後先考えずに
会社を飛び出してしまうことになる。当時の私が唯一信じていたことは
「自分ならこの会社よりいい会社を創れる」という良くある大きな勘違いだけであった。
その頃は私のプライベートもいろんな変化があり、守らなければいけないものが
出来始めていた矢先だっただけにプレッシャーも大きかったが、
地道に3年間名もない会社で勤めた人脈が私を支えてくれ、いろんな支援して
頂けた諸先輩方のお陰でバズーという船が誕生する。

立ち上げ当初の資本金は62,000,000円。一体どうやって?とよく言われたが
懐豊かで偉大な先輩方の支援があったからだと今だから言える。
そのおかげもあり、資金力も十分な状態でスタートを切る。
前職では雇われ役員として勤めていた為、リスクなしでは大きなリターンは得られない。
この教訓を生かして、私は身内からなけなしのお金をかき集め、一部資本参画とした。
資本政策の知識と経験は前職でもあったものの、実際にやってみないと分からない
深い部分を後に学ぶことになったのはこの時点の私には知る由もない・・・。

立ち上げ当初のバズーはモバイルの受託制作開発をメインの商いとし、
役員従業員を併せて9名のメンバーでスタートする。最初は今では考えられないような
ダサいデザインのHPを立ち上げ、名刺やパンフレットの制作等準備期間に追われるが、
小さなベンチャー企業経験は前職でも十分ノウハウがあった為、さほど大きな苦労無く
取引をスタート。

このなかで割とオリジナルなサービスも展開する。勿論今でも継続しているが
当時ヒットした「似顔絵サービス」というものをここで紹介したい。
このサービスは海外のデザイナーにオリジナルの手描き似顔絵を描いてもらい、
これを携帯キャンペーンのプレミアムとしてプレゼントするという展開を企画提案。
各種パブリシティーや展示会に出展し、企業ブランドが無かった為、
『如何に目立つか』の戦略を積極実施したところこれが割とあたる。当時のバズーを
似顔絵屋と勘違いされていた方も少なからずいたことは今となっては笑い話でもある。
特に思い出深いのは、割とお堅い展示会で、バズーの当時のテーマカラー「グリーン」の
Tシャツを全員で着用し、綺麗なコンパニオンを雇ったところ一番人気のブースになったことか。
主催者側からは冷ややかな視線を浴びたものの、その会を通じていろんな人と出会う。
(ここで出会えたお取引様は今でも深いお付き合いをさせて頂いている。まだまだ
小さく何もなかった我々と懲りずにお付き合い頂けてることには深く感謝申し上げたい)
また、雑誌や新聞にも当社ソリューションが取り上げられ、小さいながらにメディアに
露出出来ることを少なからず快感に覚えた記憶がある。

askii.bmp

月間アスキー(2007/2/24発売 )

nikkei.bmp

日経産業新聞(2007/3/22掲載)


大体は受託で堅くやっていたということもあり、取引先にも恵まれた部分が大きかった為、
初月から売上は立ちはじめ、6カ目には月商1000万を計上した。
1期目を終えて、黒字化を果たし、翌期に勝負を掛けようとギラギラしていた自分を思い出す。
昨今の不況と比較しながら、当時の伝票を見返すと制作単価がやはり当時の方が倍以上。
改めて恵まれた時代の創業フェーズであったと言えるである。

またここで忘れてはならないのが今も継続してお取引頂いている企業の皆様が
大半であるが、そうでない取引先の皆様に対しても経験のない我々を温かく
ときには厳しく指導頂けたことに深く感謝したい。

(今現在当社スタッフのあらゆるリスクを見越したご提案でご好評頂けているのは
この時期にお取引先の皆様にご指導頂けた経験が少なからず土台になっていると
考えているからです。本当にありがとうございます。)

話は戻り、前段で述べたとおり、立ち上げの時から前職を抜き去ることを決めていた私は
一つの評価軸として「時価総額の高い企業を創ること」を専らの目標にしていた。
(これまた後で間違いに気づく部分ではあるが、今は置いておき・・・)
私は自分が感じた劣等感によって成長速度を加速させられるという不思議な能力を
持っている部分がある。この大目標を達成する為に当時の私はかなりのスピード感で
目標達成を果たすことが出来る。

後述のエピソードで詳細を記載しようと思う。
以下は後々続く4つのエピソードのテーマである。

Episode2事業拡大に伴う成長期
次回ブログにて掲載予定

Episode3事業体制の最適化と原点回帰

Episode4再構築と新規ビジネス

Episode5今後


『熱血法人バズー』
熱血社長 森下洋次郎

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